絆と感動は理屈じゃ語れない

odarinden2005-03-16

ついにやって来そうですね、春が。
今日は体がちょっと柔らかくなりました。


食後に今川焼きを食べようかというと
「よかったぁ。実は今日、御座候(ござそうろう)で買おうかと思ってん」。
夫とはこういうことが多々ある。
突然、同じものを食べたくなるのだ。もちろん連絡を取り合ってるワケではない。
rindenがキムチ付きの冷麺を買った日にはキムチをぶら下げて帰宅、
それがアイスクリームだったりシュークリームだったりタコ焼きだったりする。
一緒に暮らしていると、食欲の周期が似てくるのかなぁ。
それにしても、いつも降って湧いたように合致するのはナゼ?
これこそが、絆という目に見えないものなんだろうか。


これまでにどれだけ純粋に音楽で泣いたことがあるか、振り返ってみた。
誰よりも憧れていたギタリストを観て泣きわめいたり、
思いが素直に伝わらず「愛は勝つ」聴いて悔し泣きしたり、そんなもんかな。
でもこれは、そのとき自分が持っていた荒い感情とリンクした恥ずかしい思い出だ。
気を取り直して、考え直そう。
ストーンズのライブでは必ず「ギミー・シェルター」でさめざめと泣くが、
これはどういうわけか、アンバランスで緊張感のある曲調が
rindenの心の琴線に触れているらしい。音の魔力だな。
そうそう、ゲイリー・オールドマン主演の映画(タイトルど忘れ)の中で確か、
絶望の中に見つけた光に向かって、
オールドマン演じるベートーベンが走る幻想的なシーンがあった。
そこで流れる「喜びの歌」にすさまじい感動を覚え、涙が止まらなかった。
奇跡のような旋律と響きの渦に包まれて、ああこうして神に抱かれるのかと思った。


絵画、写真、映画、舞台、音楽…。対象は芸術から森羅万象まで!
心動かされて涙を流せることは、人としてなんて幸せなことなんだろう。
そこにはきっと純粋な魂だけがあるのだ。